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明治維新を成功させた大功労者の一人である坂本龍馬。
その坂本龍馬はあの秘密結社フリーメイソンの一員だったという説があります。

そもそもフリーメイソンはイギリス発祥の石工職人の団体。
現在では世界中に300万人もの会員を擁する世界最古にして、最大の『友愛団体』であるフリーメイソン。
日本にもロッジがある、Webサイトも普通にあるなど一昔前に比べれば秘密結社感はやや薄れているようにも感じますが、依然として具体的な活動内容は非公表なため、多くの都市伝説が語られています。

イギリスやアメリカの歴史に深く関わっている(と思われる)フリーメイソンですが、日本においても大きな関わりがあるのではないかと言われているのはご存知でしょうか?

それが、『坂本龍馬フリーメイソン説』です。

長い江戸時代、そして鎖国の時代が終焉を迎え、大きく近代化に前進した明治維新。
その中心人物とも言える坂本龍馬。
坂本龍馬

 
もし彼がメイスンリーだったら。
彼を背後で動かしていたのがフリーメイソンだったら。
現在の日本を形作ったのは、アメリカと同様、フリーメイソンであるといえるかもしれません。
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それでは、その根拠となるべき『都市伝説』を見て行きましょう!


そもそも坂本龍馬は、どこでフリーメイソンと最初のコンタクトを取ったのでしょうか?
自分で日本のロッジに出向いた?
日本のロッジは1866年の横浜ロッジが日本で最初のロッジと言われており、これは龍馬の没年の前年です。
時代的には間に合っていますが、まだ広く知られているわけではないところですから、それは考えづらいですね。

そこで逆に考えてみます。
なぜ、『1866年』にフリーメイソンはロッジを作るため日本にやってきたのか?
それは、日本の歴史を紐解いてみれば分かってくるかもしれません。

1866年、日本の大きな出来事にはこんなことがありました。
 
  •  3月7日(慶応2年1月21日):薩長同盟成立
  •  3月9日(慶応2年1月23日):寺田屋事件
  •  6月25日(慶応2年5月13日):江戸条約調印(幕府が英米仏蘭と交わした改税約書)
  •  7月18日(慶応2年6月7日):第二次長州征伐(幕府軍の砲撃により戦闘開始)
  •  8月29日(慶応2年7月20日):第14代将軍徳川家茂死亡(享年20歳)

 
注目すべきは3月の薩長同盟。そして7月の第二次長州征伐。
 
西郷隆盛の薩摩藩と桂小五郎の長州藩が『倒幕』のために結んだ同盟。
この画期的な同盟を仲介したのが龍馬。
 
しかしここで一つ不自然なことがあります。
 
いまでこそ英雄であり、有名な坂本龍馬ですが、この薩長同盟当時は長州藩を脱藩しており、一浪士の身。
なぜこの大型同盟の仲介という大役を果たすことが出来たのか?

さらに第二次長州征伐では幕府の砲撃により開戦。一時は大島を制圧するも、その後長州藩の豊富な武器、軍艦の前に奪い返された挙句、進軍を許し次々と城を落とされています。
さらに時代の収束には幕府から謝罪使を送る始末。

この軍艦などまで擁した長州藩の財力を支えたのは誰か?
これらを卸したのは亀山社中(後の海援隊)を起こし、武器を調達した龍馬です。
 
しかし用意した武力は現在の金額に換算すると50億円分とも言われる巨額でした。
それは亀山社中の初取引でいきなり用意出来た金額だったのでしょうか?
さらに黒幕がいたのでは? と考えるのも自然なことでしょう。


その黒幕こそが『トーマス・ブレーク・グラバー』
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重要文化財であり、長崎の観光地ともなっているグラバー邸。
今でこそ、造船ドックを構築したり、麒麟麦酒の礎を築くなど、日本の近代化に貢献した大物人物の一人ですが、当時は何をした人物なのか、どんな商売をしていたのかはよく知られていなかったようです。

それには成功しているにもかかわらず、「自分の名は伏せるように」と強く周りに言っていた、という逸話とも関係があるかもしれません。
ではなぜ自分を隠す必要があったのか?


スコットランド出身のグラバー。21歳で来日します。
グラバーは貿易商として来日し、財をなしますが、バリバリのフリーメイスンリーとしての顔も持っていました。
これは長崎グラバー邸のコンパスと定規のマーク、フリーメイソンの紋章が刻まれていることからも分かります。
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グラバーは、上海に赴任した後、日本に来てグラバー商会を立ち上げます。
生糸などの貿易業を営んでいましたが、日本での更なる販路拡大のために成し遂げたいことがあったと言われています。
それこそが、『倒幕』
この倒幕の目的のために利用したのが坂本龍馬であったのです!

 
この時、龍馬は日本初の商社となる『亀山社中』を起こしますが、その最初の取引で、なんと7,800丁ものアメリカ製のライフルをグラバー商会から輸入しています。その金額50億円。
これが亀山社中の初取引です。そんな大金を初取引で用意できるものでしょうか?
そのライフルを薩摩藩に納入した2ヶ月後には、こんどは軍艦を長州藩に納めています。
まだ株式会社という概念も商社もない時代に、とんでもない資金力です!

が、こう考えれば辻褄が合います。
 
当時険悪だった薩摩藩と長州藩の仲を亀山社中を通して修復し、さらに倒幕に向けて軍事力も強化することができる。
この絵を描いたのこそグラバーであったと。
亀山社中は倒幕のためにグラバーが利用した『ダミー会社』であった!!

こうしてグラバーは倒幕を間接的に支援し、長きに渡った江戸時代を収束させ、莫大な資産を築いていくことになりました。


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というのがやりすぎコージーなどでも放送された坂本龍馬とトーマス・グラバーの都市伝説です。
 
もちろん都市伝説として面白いのですが、ちょっとおかしいぞ! ってところも挙げておきます。


  •  黒幕として語るためにグラバーを謎の人物のように語るパターンが多いですが、これには無理がありそうなほどにグラバーは超有名人ですね。
  •  薩長同盟の仲介に何故脱藩浪士の坂本龍馬が!? もやや無理がありそう。まるで龍馬一人の仲介によって為されたように語られますが、薩摩と長州の利害の一致、 イギリス駐日大使ハリー・パークスの仲介、そしてなにより、この時既に亀山社中を率いていた龍馬はただの脱藩浪士ではありませんでした。
  •  グラバー邸にフリーメイソンの紋章が刻まれた石柱がありますが、これは昭和41年に寄贈されたもの。グラバーが生活してた頃にはもちろん存在していないものでした。


とはいえ、三菱財閥の相談役、麒麟麦酒の木曽を築くなどの経歴を経て、今では有名になっているグラバーももしかすると、グラバー商会時代はフィクサーとして動けていた可能性もありますし、ロッジから贈られた石柱も、グラバーがメイスンでもなかったとすれば、なぜ寄贈されたのかなどの謎も残ります。


教科書では、倒幕の混乱期にあった薩長に目をつけて、うまく武器を売りさばいて事業を拡大した天才商人。
そして才覚溢れ、日本を近代化に導いた坂本龍馬。

都市伝説では、事業拡大のために、そもそも倒幕を仕掛けたのがグラバー。
その傀儡としての役割を演じた坂本龍馬。


果たしてどちらが本当の坂本龍馬とトーマス・グラバーだったのでしょうか?