740 走 ◆lWKWoo9iYU 2009/06/18(木) 00:21:21 ID:j0e1jDQW0
俺は全力で走った。 
致死率100%と言われるドッペルゲンガーから逃げる為に。 
頼みの綱のジョンは居ない。周りに居るのは敵ばかりだ。 
狭いビルの屋上。逃げ場など無かった。 
俺は出入り口のノブを回した。鍵がかけられている。ビクともしない。 
後方には俺が居る。俺に触れたら俺は死ぬ。 

「おいおい、もういいだろう!?手間取らせんじゃねぇよ!!」 
巨躯の男が苛立つ感情を剥き出しにして怒鳴る。 
俺が迫ってくる。俺はこの時、必死に考えた。逃げる方法を。助かる方法を。 
俺は屋上のフェンスを乗り越えた。 
「これは夢だ。夢なんだ。現実じゃない」 
俺は自分に言い聞かせた。目前には奈落の光景が見える。思ったより高い。 
後方を振り返ると俺がゆっくりと歩いてくる。 
その時、不意にキチガイ女と眼が合った。 
女は笑ってやがった。俺の中に怒りがこみ上げて来る。 
生きるんだ。俺は絶対に死なない。絶対に生きるんだ。 
俺は雄叫びを上げた。飛び降りてやる。ここから飛び降りてやる。 
「ヘイ!!確かにここは現実じゃねぇけどよ!! 
落ちれば、それなりに痛いぜ!?お前、それに耐えられるのか!?」 
巨躯の男が俺に問いかける。 
「絶対にお前だけは許さないからな」 
俺は、そう言い捨てると、ビルの屋上から飛び降りた。 


742 走 ◆lWKWoo9iYU 2009/06/18(木) 00:22:02 ID:j0e1jDQW0
激痛。それを表現するのに、この言葉以外に思いつかない。 
ビルから飛び降りた俺は脚から落下し、地面に頭を叩きつけられた。 
まるで蛙のように、惨めに地面にへばりつく俺の周囲に赤い血が広がる。 
意識がなくならない。今まで体験したことの無いような激痛がはっきりと認識できる。 
死にかけの蛙がひくつきながら痙攣するのと同様に、俺の体は小刻みに揺れた。 
俺の視界の先に、ビルの出入り口から出てくる俺が見えた。 
「来る…な…」 
消え入りそうな蝋燭の如く俺は呟いた。これが精一杯の抵抗だった。 
容赦なく俺は俺に近づき、俺の目前までやってきた。 
俺は俺を見下ろしていた。体は痛みに支配され、もう逃げることもできない。 
俺はもう一人の俺を、力の限り睨んだ。俺は俺に負けたと思われたくなかった。 
もう一人の俺はしゃがみこむと、俺の背中に手を置き「見いつけた」と言った。 
溶け込むように俺が俺の体内に入ってきた。 
完全な同化。奴の心と俺の心が一つになる感覚。 
俺は俺に溶け込み、俺の心を支配した。 
この瞬間、ジョンがドッペルゲンガーに触れられると 
確実に死ぬ、と言った意味が判った。 
暗闇が全身に拡がる。俺は終わった。終わったんだ。 
心が引き裂かれるような、とてつもない暗闇に俺は放り出された。 
負の感情が俺の中に溢れ出す。 
俺は朦朧とした。生きることに希望なんて何一つとしてない。 
この世に居たってどうしようもない。死んだほうが良い。 
ただ死にたい。本当にそれだけだった。 
なんでも良い。死ねるならロープでもガソリンでも俺にくれ。 
自殺がしたい。自殺をさせてくれ。なんでもする。だから俺を自殺させてくれ。 
俺はドッペルゲンガーに完全に支配されていた。 


743 走 ◆lWKWoo9iYU 2009/06/18(木) 00:22:46 ID:j0e1jDQW0
「お兄さん」 
朝。ジョンに呼ばれて俺は眼が覚めた。全身が汗で濡れている。 
俺は周囲を見渡した。ホテルの一室。ここは俺が居たホテルの一室だ。 
俺は全身を弄った。どこにも異常はない。 
ジョンがコーヒーを差し出す。 
「大丈夫ですか、お兄さん?」 
俺は確かにドッペルゲンガーに触れられた。でも今は死にたいとは思わない。 
俺は助かったのか?現実を俺は把握出来ずにいた。 
「混乱しているみたいですね、お兄さん。もう大丈夫です。 
 ようやく俺にも見えました。あいつがお兄さんの敵なんですね」 
ジョンの言葉に俺は驚いた。 
「どういう…ことだ、ジョン?」 
「お兄さんには申し訳ないと思ったのですが 
 お兄さんのファイアーウォールを一時的に弱めました。 
 案の定、敵の本丸はお兄さんに侵入してきた。狙い通りです」 
俺はジョンの言葉の意味を理解し切れなかった。 
「じゃあ、わざとアイツを誘き寄せたのか?」 
「そうです。お兄さんには囮になってもらいました。 
 勿論、お兄さんの安全が第一です。その為の対策をした上で実行しました」 
なにがなんだか、俺にはさっぱり理解出来なかった。 


744 走 ◆lWKWoo9iYU 2009/06/18(木) 00:23:27 ID:j0e1jDQW0
俺はコーヒーを一気に飲み干した。 
「冷静になろう、ジョン。俺に何をしたって言うんだ?説明してくれ。何をしたんだ?」 
ジョンはタバコに火を点けた。 
「敵はお兄さんに対して分身、ドッペルゲンガーを使ってきました。 
 これは高度な技術を要します。敵は相当な腕の持ち主です。 
 でも、社長はこう推理しました。 
 『敵は自分と同等の力の持ち主と出会ったことが無い』 
 お兄さんに対する敵の陰湿で強引なアプローチから 
 敵は力こそA級でも経験は浅い人間だと推理したんです。 
そこで罠を仕掛けました。 
 敵がお兄さんのドッペルゲンガーを使うなら 
こちらもお兄さんのドッペルゲンガーを使う。 
 敵も自分以外にドッペルゲンガーが作れる人間が、居るとは思わなかったのでしょう。 
 完全に疑うことも無かったですね」 
ジョンは微笑みながらそう言った。 
「ドッペルゲンガー?どこが?どこら辺が?何がドッペルゲンガーなんだ?」 
俺は尚もジョンに問いかける。訳が判らない。 
「お兄さんが敵の作ったビルの屋上に立った時点から 
お兄さんは社長の作ったドッペルゲンガーです。 
 流石に意識のない人形だと疑われるので、半分ほどお兄さんの意識を入れました。 
 お兄さんには怖い思いをさせてしまいましたけど 
 おかげで俺と社長が見ていることに全く気付かれませんでした。 
 いけますよ。社長が本丸の男の捜索に乗り出しました。 
 ここからが探偵の腕の見せ所です」 
俺は唖然とした。そうならそうと、前もって言ってくれ。 


745 走 ◆lWKWoo9iYU 2009/06/18(木) 00:24:09 ID:j0e1jDQW0
昼。俺は一枚の食パンを前に困惑していた。 
ここ暫く、ろくな物を食っていないのに食欲が全く湧かない。 
一枚の食パンですら、今の俺には重い。 
「なあ、ジョン。さっき社長が本丸の男の捜索に乗り出したって言ったよな?」 
スパゲティを頬張りながらジョンは答える。 
「ええ。社長は朝の便で北海道に向かいました」 
「北海道?」 
「社長があの男に侵入して居場所を特定したんです。 
恐らくあの男も今頃、泡食っているでしょうね。 
絶対に社長からは逃げられませんよ」 
「なあ、ジョン。アイツはやっぱり生きた人間なのか? 
 あんなことが人間に出来るものなのか?」 
ジョンはスパゲティを平らげるとカレーライスに手をつけた。 
「俺も驚きました。社長以外にあんなことが出来る人間は初めて見ましたよ。 
 あれほどの力の持ち主が、野に放たれていたなんて恐ろしい限りです」 
ジョンはカレーライスを平らげると次はカツ丼に手をつけた。 
異様に次から次へとジョンは食いまくる。 
「おい、ジョン。食いすぎじゃないか?」 
食欲の無い俺からすると、ジョンの食う姿が異常に見える。 
「これからの作業は体力要りますから、食っておかないと。 
 夕方までに社長が本丸の男を押さえます」 
 つまり…、クライマックスですよ、お兄さん」 
そう言ってジョンは優しく微笑んだ。 
それを聞いた俺は食パンにバターを塗り、平らげた。 

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