出典: 短編怪談

1: 名無し百物語 2014/07/29(火) 17:37:02.12 ID:O1aaOpxh.net
2レス以内にまとまるくらいの短編怪談を書いていきましょう。

2: 名無し百物語 2014/07/29(火) 19:20:03.63 ID:O1aaOpxh.net
よければはじめにタイトルをつけてもらえると嬉しいです。 
それでは手始めに自分の話を。 


「宿題」 

これは僕がまだ小学五年生だったころの話です。当時僕は勉強全般が苦手で、学校の宿題はほとんどまともにやらずに遊ぶことにばかり夢中になっていました。 
僕のクラスの先生は横田先生といって、よくドラマに出てくるような熱血教師といったらいいでしょうか、まがったことが嫌いで、困難はすべて努力と根性で乗り越えていけという教えを貫いていた先生でした。 

横田先生の教育方針は、正直今の世の中では時代錯誤でした。 
厳しく指導すればすぐに親が出てきてPTAに抗議しますからね。教師は生徒をしかることなどできなくなってしまいました。
他の先生たちが生徒に対して厳しく教育しなくなっていくなかで、横田先生は最後の最後まで抵抗していました。
熱い魂で語りかけていけば、きっと子供たちはたくましくすこやかに育つ。信念に従って先生は指導を続けていたんです。

夏休み前日にホームルームがありました。そこで横田先生は夏休みの宿題をくばりました。
明日から夏休みという嬉しい気持ちを萎えさせるような宿題の量。
一か月分なので当然といえば当然なのですが、一気に手渡されるとさすがにうなだれます。
僕の隣の席の石田君も、大げさなため息でそこらじゅうに心中をさらけだしていました。
石田君は横田先生のことを心底嫌っていました。

彼は少々ヤンチャな性格でみんながルール違反だからといってさけることを進んでやることで、クラスのリーダー的ポジションを手にしていました。
そんな石田君ですから、担任教師を侮辱することなんて朝飯前です。
みんなが思ってはいても口にはださない横田先生への不満や悪口を言ってしまうんです。
「横田のアホがまたくさいセリフをはいてやがる」
「あ~それキンパチもいってたわ」
「横田暑苦しい」

横田先生の逸脱した熱血指導に、だれもが一度は思ったことを、次々と石田君は口にします。
その一言一言が的を射ているので、みんなの笑いを誘うのです。
みんながうければうけるほど石田君は調子にのって次々と新しい悪口を考えます。
そして夏休みも始まって間もない頃、石田君はついに一線を越えてしまったのです。
石田君は同じクラスの仲間たちと一緒に、学校に一本の電話をかけたんです。

電話の内容は横田先生への抗議でした。横田先生が過剰な体罰を生徒たちに加えているという完全に嘘の抗議でした。横田先生は熱血ですが決して体罰をするような先生ではありません。
石田くんの横田先生への悪口は、夏休みという自由で、大人の目がない時間の中で、横田先生への嫌がらせという形に進化していたんです。

夏休み最初の出向日の日に、僕たちは教頭先生からホームルームを受けました。
なぜなら横田先生は、夏休みのはじめに自殺してしまったからです。
石田くんの軽はずみないたずらは、横田先生の心を深く傷つけたんです。
自分はよかれと思って、生徒のためにと熱く指導していた横田先生の想いは、石田くんの電話によって全否定されてしまったのです。
電話しただけで横田先生を追い詰めたわけではないと思います。きっとPTAや同僚の先生が過剰に反応したんでしょう。
昨今の学校は保身のために必死ですから、横田先生の味方をするよりも

どこの誰がかけたかもわからない嘘の電話を鵜呑みにし、横田先生の指導方針に異議を唱えたんでしょう。
そしてなんらかの処罰をくわえたんだと思います。
横田先生は自分が先生であることを誇りに思っている人でした。
そんな人が教育方針を否定されれば、精神的に不安定になってしまうのは仕方ない。
なによりも、嘘の抗議電話をしてまで横田先生を失墜させたいと考える生徒がいたことが、横田先生を傷つけたんだと思います。

3: 名無し百物語 2014/07/29(火) 20:13:42.48 ID:O1aaOpxh.net
小学生とはげんきんなもので、夏休みを楽しむのに夢中になり、担任が自殺したことなどすぐに忘れてしまうのです。
ぼくもそんな小学生の一人でした。はじめは横田先生が死んでしまったことにショックを受けて、三日ほど横田先生のことばかり考えていました。

しかし、すぐに頭の中は友達とどこにいって何をするかという思考でうめつくされてしまいました。
横田先生を自殺に追い込んだ張本人である石田君など、誰よりも夏休みをエンジョイしているように思えました。

夏休みが終わりに近づき、僕はあせっていました。なぜなら、夏休みの宿題が全然終わっていなかったからです。
親がうるさいので夏休みが終わる三日ほど前から、勉強のできる友達と集中的に宿題に取り組んだものの、絵日記と、絵の宿題だけは終わらずに二学期の始業式をむかえてしまいました。

僕と同じように宿題が未完のまま夏休みを終えたクラスメートはかなりいたようでした。
担任がいなくなったことで、僕らのクラスの夏休みの宿題はきちんとチェックされませんでした。
そのことが原因なのか、どこのクラスよりも宿題の提出は悪く、まったく宿題をしていない人もいるようでした。
石田くんもその一人で、宿題をやっていないことを誇っているかのごとく堂々としていました。

夏休みが明けて二日ほどたった日、夜に学校から電話がかかってきました。
石田君が横断歩道を渡っている途中に大型トラックにはねられて亡くなった________
横田先生が死んでから間もないのに、また死人が出た。幼かった僕たちにとってあまりにも衝撃的な出来事でした。
しかし、立て続けに起こった訃報は、始まりに過ぎなかったのです。

石田君の死後、クラスメートが3人も亡くなったのです。死因はみんなバラバラで、交通事故や心不全、水難事故でした。クラスメートが何人も亡くなったショックで不登校になった友達もいました。

9月の終わりごろ、クラスメートの柳田君と森君と僕で下校していたときのことです。
森君が亡くなった人たちのことを話題にしました。みんな天国にいるのかなと。
暗い話でしたので会話が途切れがちになりました。そのとき僕は何気なく足元をみました。
すると、道路沿いの草むらになにやら光るものがみえました。それは泥まみれになった携帯電話でした。
僕はこの携帯に見覚えがあったのです。携帯はまだ充電が残っていたので操作してみると、僕の予想通り、持ち主は石田君でした。

石田くんが今僕らがいる通学路で車にはねられたことを考えると、はねられたときに吹き飛ばされた携帯が草むらに落ちて、今日までそのままになっていたのでしょうか。
柳田くんと森くんも僕が見つけた携帯に興味津々でした。
僕は他人の携帯の中身をみることに罪悪感を感じていました。しかしやめることができなかったのです。
なぜなら石田君のメール受信履歴の中に、横田先生からのメッセージがあったからです。
そのメッセージは、横田先生がなくなってから送られたものでした。
「石田、宿題終わったか?」「石田、宿題まだか?」「石田、あと三日だけ待ってやる」

横田先生からのメッセージは、夏休みの宿題に関するものばかりでした。
数十通あるメールの、最後のメッセージはこうでした。「石田、時間切れだ」
もしかして・・石田くんは横田先生に・・?まさか、そんなことがあるわけがない。
僕は一瞬浮かんだ考えをすぐに打ち消しました。

石田君の携帯を見つけてから三日後、クラスメートの梅田さんが行方不明になったと、新しい担任である只野先生から知らされました。
僕は梅田さんと親しかっただけに、彼女のことが心配でたまらなかったんです。亡くなったクラスメートと同じように、梅田さんもすでに・・・
いやな考えが次々と浮かびます。
ドンドン!自室で考え事をしていたときです。僕の部屋の窓を叩く音が聞こえました。
窓の向こうに立っていたのは梅田さんでした。梅田さんは全身泥だらけでした。
僕はすぐに窓を開けて梅田さんを部屋に入れました。

梅田さんは僕の質問を意に介さず、なぜか夏休みの宿題の話をするのです。
僕と梅田さんは絵日記と絵の宿題がともに終わっていないことをたびたび話していたからでしょうか。
梅田さんは僕がいまだに絵日記と絵の宿題を終わらせずに半端のままにしていることを知ると

4: 名無し百物語 2014/07/29(火) 20:28:39.67 ID:O1aaOpxh.net
僕の机の棚にあった絵日記と絵を手にして、逃げるように家から出て行ったのです。
去っていく梅田さんをぼ~っと見つめながら、なんだったんだろうと考えていました。
すると、ポケットに入っていた携帯がブルブルと震えたのです。

携帯の画面をみると、メールが届いていました。発信者は横田先生でした。

「○○、宿題終わったか?」

石田君の携帯に届いていたメールと同じ内容でした。
体中を悪寒が走りました。冷や汗がどっとあふれだし、僕は気づいたんです。

石田君の死後、亡くなったクラスメートはみんな、夏休みの宿題を終わらせていなかった。

横田先生は死んでもなお、熱血を貫いて、夏休みの宿題を提出させるという教師として最後の義務を果たそうとしている・・・・

梅田さんも夏休みの宿題を提出していなかったから、横田先生からなんらかの危害を加えられて行方不明になっていた・・?

そして僕にこうしてメールが送られてきたということは、次は僕が横田先生から宿題を催促される番なんじゃないだろうか。
僕はようやく気づいた。なぜ梅田さんが僕の家にきて、未完の夏休みの宿題を持っていったのか。
彼女も僕と同じで絵日記と絵の宿題が終わっていなかった。

だからすぐに終わらせるために、完成間近の僕の宿題を自分がやったかのように偽り、横田先生に提出するつもりなのだ。

ちくしょう梅田アアアアッッッ!!

僕は苛立ちをおさえられなかった。なんとしてでも梅田を捕まえて宿題を取り返してやる。
そう心に誓って走り出した。

走り出してすぐだった。僕の視界は一瞬暗くなって、次の瞬間なぜか空を見ていた。
なぜだか凄く眠い。そしてあたりが騒がしい。知らない大人たちが僕の周りに集まって悲痛な表情をしている。そうか、たぶんだけど僕、車にはねられたんだ・・・

次第に視界がぼやけて薄暗くなってきた。
視界の端に見覚えがある顔が映った。横田先生だった。
先生はかがみこんで僕にこう言った。

「宿題は終わったか?○○」

5: 名無し百物語 2014/07/30(水) 12:53:56.49 ID:xhG1ct7r.net
2スレでまとまってねえじゃねえかww

7: 名無し百物語 2014/08/01(金) 08:24:52.73 ID:UmwEyZhj.net
「動物霊」

俺生まれつき霊感があるっぽいのね。普通の人が見えないものが見える。
物心ついたときにはすでに見えていたから、自分が普通じゃないってことに自覚がなかった。
だから小さいころは言動がおかしくてよくいじめられた。

いじめられまくってたからか、大人になっても根暗な性格のままで友達なんてリアルは皆無、ネット上にしか存在しない。彼女なんてできる気配すらない。
霊が見えるなんていうラノベの主人公みたいな力が備わっているのに、花々しいエピソードなんかひとつもない。リアルってのは厳しいよ。

霊が見えるっていっても、すごく限定的な範囲だけだ。なぜか俺は動物の霊だけが見える。
人間の霊はまったく見えない。動物の霊だけ見えたって霊能力者になれないだろう。
だって悪霊とかって全部人の幽霊でしょ。守護霊なんかをみてアドバイスしたりもできない。
それに体調の良し悪しで見えたり見えなかったりするから不安定すぎて頼りにできない。

ずっと霊が見える力なんてなければよかったと後悔して過ごしてた。
だけどある日、職場に新人がやってきたとき初めて力がプラスに働いた。
その日俺は風邪をこじらせていて朦朧とした意識のまま仕事をしていた。
休みたくてもこなさなきゃいけない仕事が山積していたから、カフェインの力を借りようと給湯室にフラついた足取りで向かった。

給湯室に入ると見知らぬ女性の先客がいた。髪型は黒のロングで顔立ちははっきりしており、長身でモデルのような体型の、ひとことでいうならタイプの女性だった。
女性は給湯室に入ってきた俺に気づくと、満面の笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「今日からここで働かせてもらうことになりました木下ですよろしくおねがいします」
「お、あ・・・よろ・・しくおねが・・いします・・・ゴホゴホ」

どっちが新人だよとつっこまれそうなほど、挙動不審な態度をとってしまった。
しかし木下さんは気にせず話を続けてくれる。結局仕事そっちのけで15分ほど雑談したんだが、たったの15分で俺は恋に落ちていた。
俺みたいなやつを奇異の目でみることもなく、優しく楽しく話してくれる。見た目も抜群にかわいいし、風邪のせいで鼻がつまっているのにかぎとれるいい香り。恋したい。木下さんと恋愛できたら、もう死んでもいい。

ちらりと時計をみるとそろそろもどらないとヤバイ時間になっていた。
このままもどるのもいいが、せめてひとつだけでも、次に木下さんと会話をはじめるきっかけを入手しておきたい。なにか共通の話題とか。
くそ、女性が好みそうな話題なんてこれっぽっちも持ち合わせてない。こんなチャンスがくるなんて思ったこともなかったから!
内心あせりぎみだったが、木下さんが突然ペットの話を始めた。

なんでも木下さんは最近爬虫類を飼おうと考えているらしい。それで色々調べているのだが犬や猫と違って情報を集めるのに苦労しているとか。
そこで俺はハッとなった。一度木下さんと別れて足早に給湯室を出て、同僚の田中を探した。
田中は自分のデスクにいた。正直いって田中とはほとんど口をきいたことがない。
だが、俺には田中が爬虫類にめっぽう詳しいことがわかっていた。

なぜなら動物の霊がみえる能力があるからだ。前から田中の肩や頭にはカメレオンや亀、妙な形のトカゲなどが乗っていた。
田中にきけば爬虫類のことでわからないことはないだろう。俺はビクビクしながらも田中に話しかけ、昼飯を一緒に食わないかと誘った。
もちろん俺のオゴリだ。誘った店が近所で有名な高級ステーキ店だったこともあり、あっさり了承を得て、二人で昼食を楽しんだ。

その際俺はひたすら爬虫類の飼育や生態に関する情報を収集した。予想どおり田中は爬虫類の飼育が趣味で、ネットや図鑑に載ってないようなこと、実際に飼育し愛好しなければわからないような情報をこと細かく教えてくれた。
田中の情報をもとに木下さんと会話したら、一気に親密になれたのだから、本当なら木下さんと深い関係になれたのは田中だったのかもしれない。
しかし、俺に備わった能力のおかげで、その役目は俺が担うことになったのだ。
ようやく霊をみる力が俺に幸せをもたらしてくれた。嬉しくて神に感謝したよ。何度も。

8: 名無し百物語 2014/08/01(金) 09:21:51.51 ID:UmwEyZhj.net
木下さんが会社にきてから二日目、俺の頭は依然として熱でぼ~っとしていた。
風邪の熱もあったが、木下さんに対する想いが発する熱もあった。
昨日俺が爬虫類に詳しいと知った木下さんは、積極的にどんどん話しかけてきた。
俺と木下さんは一日中暇があれば爬虫類の飼育について話していた。
そのせいか、木下さんは予定をはやめて今夜仕事の帰りに爬虫類を飼うと宣言。

飼育ケースや餌なんかも買うから一人だと辛いらしく、物怖じしつつよければ
手伝ってくれないかと俺に頼んできた。俺はこころよく了承した。むしろそれを待っていた。
飛び上がらんばかりの気分の高揚を必死でおさえながら夕方になるのを待ち望んだ。
そして夕方、俺と木下さんはウキウキ気分で田中御用達の店に直行。
ついでにスーパーで晩飯の材料を購入し木下さんの家へ。

木下さんのアパートについたとき、俺の心臓は爆発寸前だった。初めて一人暮らしの女性の家へ足を踏み入れる。しかも夜だ。木下さんの手料理が食べられる。
もしかしたらその先もあるかもしれない。妄想がどんどんふくらんでいく。
きっと俺の人生で一番幸せな瞬間だった。

部屋にあがるとすぐさま飼育ケースを配置し、購入したトゲトゲのトカゲを中にいれた。
俺がペットの世話をしている間に、木下さんがキッチンで料理を作った。
女の子らしい丸くて可愛らしいテーブルで木下さんの手料理を食べながら
飼ってきたトカゲの話題で盛り上がった。食事の際酒を飲んだんだが、風邪を引いていて酔いがわまるのが早く、俺は木下さんの家で眠ってしまった。

深夜に目覚めると、カーペットに寝転がっている俺の体に毛布がかけられていた。
木下さん優しいなぁと、思わず笑顔になってしまう。木下さんのことを考えると、なんだか木下さんの甘くかぐわしい香りがするような・・・それは妄想ではなかった。
ふと横を見ると、なんとそこには木下さんが寝ているではないか。俺に寄り添うように。
可愛らしい寝息がスゥースゥーときこえてくる。

興奮のあまり視点が定まらない。最高だ、最高すぎる。女の子と一緒に寝ている。
今日はとくになにもないだろうが、この先木下さんと今日みたいな夜を過ごしていけばいずれは、テレビや雑誌でしかみたことのない素晴らしい行為の数々を・・・・やっと春がきた!
数百数千という妄想をめぐらせながら、いつのまにか俺は再び眠っていた。

「○○さん、朝だよ。起きて。仕事まにあわなくなるよ」
木下さんの優しい声。人生でもっとも爽快な寝起きだった。今日から俺の人生は輝きだす。
ゆっくりと起き上がりキッチンにいる木下さんのもとへ向かう。
すでにスーツに身を包んだ木下さんの後姿が目に入る。やっぱり美しい。
「朝ごはんもうすぐできるから待っててね」
まるで新妻のようなセリフ。生きているうちにきけるとは思わなかったセリフに嬉しくて狂いそうになるはずだった。しかし、そうはならなかった。俺に見えているあるもののおかげで。

木下さんの後姿のまわりに、うごめく何かが見えた。ひとつだけじゃない。多数、いや無数にいる。
よく見るとそれらは、小汚い犬や猫だった。その犬や猫の体はどこかに傷があり、内臓が飛び出ていたり、骨や肉がむきだしになっている。傷口はどれも鋭利な刃物で切られたようにパックリ開いている。どうやら人に傷つけられたもののようだ。一体だれに?
答えは出ていた。木下さんだ。彼女が動物たちを傷つけ殺したのだ。何匹も、何匹も。

昨日は風邪を引いていた。だからわからなかった。俺の霊が見える能力は体調に左右されてみえたりみえなかったりするからだ。今日は体調が万全だから見えてしまったのだ。
木下さんが動物虐待をしているなんて。彼女は本性を隠していたのか。
本当は残酷な性格をしていて、いつかそれを俺にも見せてくるのだろうか。
苦悶の表情でじっと見つめてくる何匹もの犬猫の視線に耐えながら、俺は朝食をとった。

木下さんの家で過ごした日から一ヶ月ほど経ったとき、会社で木下さんを見かけた。
彼女は相変わらず綺麗だった。同僚と楽しそうに会話している。
俺はあの日から少しずつ木下さんと距離をとりだした。彼女に気づかれないように。
今ではすれ違ったときに軽く頭をさげるだけの関係になってしまったが後悔はしていない。
なぜなら同僚と会話している木下さんの肩に、俺と一緒に購入したトカゲが無残な姿で乗っていたからだ。
そして、足元にはここ最近無断欠勤で会社を休んでいる田中の姿があった。俺はもう、人を信用できない。

9: 名無し百物語 2014/08/02(土) 19:21:19.01 ID:Lf31VVEF.net
「タルパ」

自分は現在25の男なんだが、18~23の間ずっと引きこもってたんだ。
対人恐怖症が引きこもった主な理由だったんだけど、当時は人と関わるのが怖くて怖くて辛かった。
引きこもってる間はずっと家にいた。大抵PC使ってネトゲやら2chやったりで時間潰してたんだけど暇つぶしってのは暇は潰れるけどなにか積み重なっていくものじゃないだろ?

だから延々暇つぶしを続けていつ俺は社会に出られるようになるんだと憤りを感じ始めていた。
そんなとき、たまたま2chのまとめサイトでみたタルパに興味を抱いた。
スレのタイトルはタルパを作ったら人生変わったとかなんとか、そういう感じのやつだ。
スレの情報によると、タルパというのはチベット密教の奥義で、訓練を積み重ねることによって生き物を生み出すことらしい。

その生き物には実体がない。触ることはできないが自分にだけはっきり見ることができ、独自の意志をもってこちらに話しかけてくる。生き物の性別、性格、見た目なんかは自分の好きなように設定することができる。気の合う親友を作るもよし、好みの女の子を作るもよし。好きなアイドルや芸能人そっくりにだってできる。

本当なら最高だろう。だが都合がよすぎるし、まったく科学的じゃない。こんなものにひっかかってたまるか。はじめはそう思った。
しかし興味本位でタルパについて調べていくと詳しいやりかたが記載された専用サイトがあったり、2chのタルパスレには連日連夜タルパを生み出すことに成功した人々の書き込みがあふれている。
ここまで大人数で嘘をついたりするだろうか?そもそもタルパって何百年も前からチベット密教で語り継がれてきたもの。何百年も嘘をつきつづけて何の得がある?
やり方を見る限り金銭を要求されることなんてまったくないし。

気づくと俺はタルパが本物であるという答えにたどり着くこと前提の推理を繰り返していた。
タルパのもたらす希望が、タルパを否定する意見すべてを抹消した。
もうタルパしかない。タルパで最高のパートナーを作って、応援してもらったり励ましてもらったり相談にのってもらったりして、コミュ力をあげて社会復帰するんだ。
もちろんパートナーはすげーかわいい容姿の女の子にして、夜な夜なムフフなことも・・・!
夢はどんどん膨らんでいった。俺の妄想力とほぼ無限にある暇な時間は、タルパを作るうえでとても有利に働いてくれた。
はじめに生み出したいタルパの容姿や性格をこと細かく設定して絵にした。年齢は19、痩せ型で巨乳、髪は前髪パッツンのツインテール、名前はミサト。性格は普段ツンツン、ときよりデレるいわゆるツンデレ。
次に日に何度かミサトに話しかけ、どう返答してくるかを想像した。ミサトだったら何を考えどう発言するだろうか。何度も何度も繰り返していくうちにやがて妄想上の人間に魂が宿るという。

そして暗い部屋の空間に妄想の人間を視覚的に出現させる訓練を繰り返す。途方もない時間を訓練に費やしていくうちにハッきりと見えるようになってくる。そしたら話しかけるのだ。
最初は途切れがちな会話かもしれない。だがそれも繰り返していくうちにちゃんとやりとりできてくる。
いつでもどんな状況でも、視界の中にタルパが存在し、こちらに話しかけてくるようになれば完成だ。

多くの人は、タルパを作る訓練の過酷さに挫折しあきらめてしまう。だが俺は違った。
自分で言うのもなんだが俺はもともとできる子だったのだ。対人恐怖症になる前はクラスで1,2を争うほどの成績をおさめていた。小、中、高全部においてだ。つまり集中力と継続力は人並み以上なのだ。そんな俺が作れないわけがない。俺は自分を信じきっていた。必ずできると。

そのおかげなのか、訓練を開始して一ヶ月が経った頃、ミサトはおぼろげながら具現化していた。
まだ集中が途切れるとすぐに消えてしまうのだが、ちゃんと見えるし話しかけてくる。
ミサトが具現化したとき、俺は数年ぶりに泣いた。これで救われる。もう一人じゃないって。
ミサトの初めての言葉は「べ、べつに早く一緒になりたいなんて思ってないんだからね!!」だった。

10: 名無し百物語 2014/08/04(月) 19:30:17.15 ID:YMjSkqyu.net
ミサトが現れてから俺の日々は一変した。朝はいつもミサトが満面の笑みを浮かべて起こしてくれる。これまでなら無言で淡々とこなしていたネトゲも、ミサトが隣にいてあれやこれやと好奇心旺盛に質問してきて、それに答えてやってるうちに部屋中が笑い声であふれた。夜寝るときはミサトに子守唄を歌ってもらったり、明日の予定を計画してワクワクした。明日を迎えるのが楽しくて仕方なかった。

毎日が楽しいと何かやってみようという意欲がわく。ミサトの応援に背中を押され俺は久しぶりに外に出た。道ですれちがう人たちの視線が気になったが、そのたびにミサトが気にするな、大丈夫大丈夫と言ってくれた。
だからくじけなかった。ほどなくして外出が苦ではなくなり、バイトの面接を受けた。
何もしていなかった時期が長かったからなかなか面接に受からなかったけど、めげずに続けていくうちに近場の工場が雇ってくれた。
自給は安いし汗だくになって働かないといけなかったから辛かったけど、人と関わって働いて、稼いだ金で
飯を食うという当たり前のことをするのが困難だった俺からすれば、とてつもない進歩だった。次第に職場で同年代の友達や親しくしてくれる先輩もできてきた。
休みの日にはみんなで季節ごとのレジャーを楽しんだ。

もちろん遊びにいくときは、他人には見えないけどミサトといつも一緒だった。
ミサトは俺がやることならなんでも肯定してくれた。どんなに友達ができたとしてもミサト以上の人間は現れないだろう。そう思っていた。
ある日職場で年下の女性に声をかけられた。何度か会社の飲み会でみたことはあるけど部署が違うから面識のなかった人だ。名前は竹島さんといってなかなか可愛らしい女の子なんだが、なんと竹島さんは俺のことが前から気になっていたらしい。

つまり竹島さんは俺に告白してきたのだ。俺みたいなやつを好きになってくれる女の子がいるなんて思いもしなかった。一生女とは縁がないとあきらめていた。
竹島さんに告白された瞬間、俺は放心状態になっていた。相手が返事をまっているにも関わらず。しばらくしてしどろもどろになりながらも、俺は竹島さんの気持ちを受け止め、交際がスタートした。ミサトが生まれたとき以上の幸せがあるとは思いもしなかった。
竹島さんとの毎日は天国にいるかのような気分だった。いつもニヤニヤが止まらなかった。

だけど、この頃からミサトがおかしくなっていった。これまで俺が何をするときもそばで応援して肯定してくれていたミサトが、いちいち否定的な意見を言ってくるのだ。
俺の着ている服がダサいとか、髪型が変だとか、言動がキモい、顔がブサイクなどなどありとあらゆることをけなしてくる。だから何度も言い合いになった。
ミサトには感謝していたから、なるべく仲直りしようと努力したけど、ミサトには折れる気がまったくないからいつまでたっても喧嘩は終わらなかった。

普通の友達とは違って相手はタルパだ。タルパは一度生み出すと一生消すことができない。
常に一緒にい続けないといけない。ミサトは俺が仕事をしているときも寝ているときも竹島さんといるときもすぐ傍にいて罵詈雑言を浴びせてきた。そのせいでどんどんストレスが溜まっていき、寝不足になり、体を壊した。このままでは精神も壊れてしまう。
俺はミサトに必死になって謝ることにした。とにかく自分が悪かったから許してくれ。
なんでもいうことをきくと言って土下座した。するとミサトは許してやるかわりに条件があると言った。

その条件とは、竹島さんと別れることだった。ミサトがここ最近俺に対して攻撃的だったのは竹島さんがミサトから俺を奪ってしまうと思ったからだった。
俺はタルパを女として生み出したことに後悔した。男のタルパを作っていれば、彼女ができたという理由でタルパに反感を買うこともなかっただろう。まさかタルパが俺に恋して嫉妬するなんて思わなかった。
じゃあなにか、俺は一生触ることもできないミサトを愛して独身のまま生きていかねばならないのか?
引きこもっているときならそれでよかっただろう。

だけど働いて、友達や恋人ができて、人生に可能性を見出した今の俺には耐え難い苦痛だった。
一生一人なんて嫌だ。竹島さんと愛し合って幸せになりたい。もうミサトはいらない。
俺は考え抜いて、ミサトをだまらせる方法をひらめいた。その方法とはもう一人タルパを生み出すという奇策だった。

11: 名無し百物語 2014/08/04(月) 21:01:26.88 ID:YMjSkqyu.net
ミサトが消せないなら、ミサトを常に押さえつけておけるタルパを作ればいい。
俺は筋骨隆々で、ドSで、性欲旺盛で、傲慢で、だけど俺のいうことはなんでも従うケンジというタルパを生み出した。生み出すまでの作成期間は地獄だった。
ミサトを生み出したときと同じように約一ヶ月を要したのだが、その間ミサトが絶え間なく精神的苦痛を味合わせてくるのだ。

だから集中するのに手間取ったが、同時にミサトへの憎悪が蓄積していき、タルパを作り上げるという意志を強固にしてくれた。
ケンジが完成したとき、心も体も疲れ果てボロボロになっていた。仕事は休みがちで、危うく
首になりそうだった。ストレスのせいで余裕が無く、竹島さんに優しくできなかったせいか、竹島さんの俺に対する熱が冷めかかっているのがなんとなくわかった。

でもまだ間に合う。完成したケンジにミサトを黙らせてもらったら全て元通りだ。
ケンジは早速俺の言うとおりミサトを攻撃した。人間はタルパに触れることはできない。
しかしタルパ同士なら触れ合うことは可能なのだ。ケンジはミサトが俺に話しかけようとするたび、強引にミサトを押さえつけて陵辱した。
ただ黙らせるだけでよかったのだが、ミサトへの怒りがあまりにも強かったので、ケンジは性欲旺盛で女を見つけると強引に襲い掛かるという設定を付加しておいた。
だからミサトは毎度見るも無残な姿にされていた。ケンジはタルパだ。
タルパに体力の限界なんてない。だからケンジの性欲は無限といっていい。ケンジは終わり無く毎日毎日ミサトを陵辱した。俺が死なない限り、ミサトは一生痛めつけられるのだ。
ざまあみろと思った。まったく可愛そうだなんて考えなかった。

ケンジが生まれてから俺の人生は元通りにもどった。仕事も順調、竹島さんとの関係も円満、毎日が平和に過ぎていった。竹島さんがドライブに連れて行ってとおねだりするので、あいている時間に自動車免許をとり、車を購入した。俺は竹島さんと旅行の計画をたてた。
毎日ファミレスで二人、深夜まで語り合った。

いよいよ旅行に行く日が来た。俺たちは車に沢山の荷物を詰め込んだ。
竹島さんは助手席で地図をみながらナビゲートしつつ、たまにコーヒーやガムを手渡しねぎらってもくれた。竹島さんのサポートに負けじと俺も、安全運転と会話を弾ませることに力を入れた。

高速に入ったとき、バックミラーで後部座席を確認した。
そこにはケンジに陵辱され続けているミサトの姿があった。終わることのない永遠の地獄を味わい続けたミサトは、いつしかなにも反応しなくなっていた。しゃべる事もなくこともせず、ただされるがままだった。
俺は少しだけ可哀想だと思い始めていた。だけど今ケンジを止めたら、ミサトがあばれだして
旅行を台無しにされる可能性がある。だから旅行が終わったら、ミサトを許してやろうかな・・・

再び訪れた幸せが俺に良心を与えてくれたようだ。しかし、幸せは長く続かなかった。
運転中突然、視界が真っ暗になったのだ。必死でまばたきしたが闇だった。
そして耳元でささやき声がした。「ずっと待ってたよ、この時を」
ミサトの声だった。目の前が見えなくなったのは、ミサトが両手で視界を遮っているからだった。
そうか。言葉で精神的に苦痛を味あわせる以外でも、俺に嫌がらせをする方法はあるんだ。
すぐ横で竹島さんが絶叫した。俺には何も見えないが竹島さんにははっきり見えていたんだろう。

とてつもない衝撃が全身を貫いた。音は何も聞こえなくなり、体が宙を浮いている感覚を味わう。
たっぷり睡眠をとって目覚めたときのような、ボ~っとした頭に無理をいわせて目を開くと、割れたガラスとドス黒い血が散らばっていた。車外は鼠色をしていて、ああこれはアスファルトかとのんびり理解した。そしてゆっくり横をみると、前かがみの格好で顔をダッシュボードにうずめている竹島さんがいた。前頭部はグチャグチャに潰れていて中から脳みそが見えている。

もう助からないってすぐわかったけど、肩を叩いて竹島さん大丈夫って呼びかけようとした。
だけど肩を叩くための手が俺にはなかった。腕から先がなくなっていて、代わりに骨がはみ出ていた。
俺は目を閉じた。きっと失ったのは手だけじゃないはず。自分の体がどうなっているのかこれ以上確かめる勇気はなかった。耳元で、聞けなくなって久しいミサトの優しい声。
「また二人にもどれたね」

13: 名無し百物語 2014/08/09(土) 22:34:41.17 ID:iSiW2Ete.net
すげーな

14: 名無し百物語 2014/08/10(日) 14:33:42.32 ID:G64q2aVA.net
調べたらタルパってマジあるんだな

17: 名無し百物語 2014/08/29(金) 17:11:51.31 ID:j+9F/2oG.net
「おじいちゃん」

守護霊って知ってるか?自分のことを大切に思ってくれている先祖や故人が常につきまとって、いろんな災厄から守ってくれたり、人生をハッピーにする大チャンスを引き寄せてくれるんだぜ。どんな人間にでも最低一人くらいは守護霊がついているらしい。
だけどたまに、全然守護霊を持たずに生きてる人間がいるんだ。
そんな稀な人間の一人が昔の俺だった。

俺は昔最高に駄目人間だった。気弱でよくイジメられていたし、女子からは女の子みたいってバカにされていた。勉強も頭は悪いほうじゃないと思うんだけど要領が悪いのか全然うまくいかなくて、見た目も中身もマジメなのにスゲー馬鹿高校に通って、ヤンキーによくパシらされたり金まきあげられたりしていたんだ。
親も愛想つかしたのか、二つ上の兄貴ばかりひいきして俺とはほとんど口もきいてくれなかった。
でもな、そんな終わってる俺に優しくしてくれた人間が二人いたんだ。

ひとりは同じクラスのちょっとメンヘラチックな女子、矢部だった。
矢部は黒髪色白で一見清楚に見えるが、学校でいつもつけてるマスクの下には口ピアスが潜んでいたり、背中や下腹部にタトゥが入っていて悪そうな面がチラホラ見え隠れしていた。
だけどヤンキーっぽいというより根暗っぽい性格で、しゃべり方もすげぇスローペースだった。会話の内容もオカルトじみたものが多かった。
クラスでもかなり浮いてたほうだと思う。そんな矢部がクラスで唯一積極的に話しかけたのが俺だった。

正直なにか怖いやつだなとは思っていたけど、仲良くしてくれる人が矢部しかいなかったから嬉しかったし、よく見ると結構可愛かったので、一緒に昼飯食べたり下校したりしていた。
もう一人、俺に優しくしてくれた人、それはじいちゃんだった。じいちゃんは結構前から寝たきりになっていて俺の家の近くの老人ホームで暮らしていた。
俺には友達がほとんどいなかったし、趣味もなかったからたまに一人でじいちゃんに会いに行っていた。じいちゃんは俺がくるとすげぇ喜んでくれた。
かなり歳だったから喜怒哀楽の表現は希薄だったけど伝わってくるんだ。ありがとうって気持ちがさ。

そんなじいちゃんが死んじまったのは高校2年の6月頃だった。風邪をこじらせたのが原因で衰弱しちまったじいちゃんはあっさりいっちまった。俺は病院のトイレで大泣きしたよ。
じいちゃんの死から少しして夏休みがやってきた。俺はじいちゃんの死を忘れられなくていつにもまして呆然と生活していた。
ある日母ちゃんから頼まれてスーパーに買い物に行ったら、不運なことに同級の岩屋たちに駅であってしまった。岩屋は同級のヤンキーの中じゃ突出したワルで、俺はもちろんのこと根暗な奴から金を巻き上げたり暴力を振るったり、やりたい放題だった。

岩屋は俺を見つけるとすぐに駅の裏路地に連れて行き、金を貸してくれと優しい口調でせがんできた。
もちろん貸してしまえば金は返ってこない。断っても色んな理由で金を出さないといけなくなる。
断り続ければ暴力が待っている。ここは素直に金を渡すしかない。
きっといつもの俺なら渡していただろう。だがそのときの俺はじいちゃんの死がショックでおかしくなっていたのか、岩屋にキッパリとお前にやる金なんてないよと言い放った。
俺にお前呼ばわりされたのが癇に障ったのか、岩屋はブチ切れて俺の胸倉をつかんだ。
そして右拳を引き、勢いよく俺の顔に叩き込もうとした。奴のパンチが繰り出される前に俺は、左手を伸ばして岩屋の髪の毛をつかんだ。岩屋の髪はヤンキーお得意の金色の長髪だったので掴みやすかった。

岩屋は離しやがれとわめき散らした。しかし絶対に離さなかった。岩屋が髪の毛を掴んでいる俺の左手首を両手で掴んで離そうとしたので、俺は下から突き上げるような感じで岩屋の顔面を右拳で数回殴った。
するとグニャっとした変な手ごたえがあった。次の瞬間岩屋が悲鳴を上げた。
どうやら岩屋の鼻が折れたようで、大量の血が地面に流れた。あまりの血の量に岩屋やその仲間はパニックになってあたふたしていた。
俺は岩屋を離して、血だらけになった右腕を見つめた。その姿を見ていた岩屋の仲間たちは
俺に驚きと恐怖を抱いているようだった。

俺は家に帰ってベッドに横たわりながら何時間も動かないで考えた。
なんで岩屋を殴ることができたのかと。じいちゃんの死でおかしくなっていたからできたのか。
だったらしばらくしたら、また元通りのひ弱な俺にもどってしまうのか。
しかし、そんな不安は杞憂だった。俺の変化は夏休みが終わっても続いていたからだ。

18: 名無し百物語 2014/09/02(火) 14:52:41.66 ID:NorKBac4.net
少しずつ気づいていた。岩屋を殴った日から俺の中にもう一人誰かがいることを。コンビニに行って駄菓子を買うとき、いつもならバニラアイスとチョコレートを買っていたのに、なぜか無償に塩味のきいたスナック菓子が食べたくて衝動買いしてしまった。
雑誌コーナーでいつも買っているジャンプとマガジンを手にとろうとしたら、チョイ悪なヤンキーが買いそうなファッション雑誌や、Hな雑誌に興味がわいている。
家に帰ってテレビを見ていると、これまでなら頼まれても見なかったであろう歌謡曲の音楽番組や第二次世界大戦の特集番組なんかを真剣に視聴していた。

自分とは違う何かが自分の行動や選択を支配していくことに、はじめは必死にあらがった。
だけど自分の選んだことより、違う何かが選んだことのほうがうまく事が運ぶことに気づき始めてからは、すべてを委ねるようになっていった。
夏休みもまだ序盤の7月下旬、前代未聞のスピードで宿題を終わらせた俺は、矢部に電話をかけて遊ぼうと誘った。学校じゃ仲がよかったといっても、自分から矢部に話しかけることなど一度もしたことがなかった俺が、突然自分から電話をかけて二人きりで遊ぼうと誘ってきたのだ。
矢部は電話口でもわかるほど驚いていた。そしてどこか嬉しそうだった。

うだるような暑さの火曜日、俺たちは学校近くの図書館で待ち合わせた。矢部はシースルーのキャミソールに短パン生足といういで立ちで、学校とは違う色気漂う雰囲気だった。
こんな格好の矢部と二人きりで学校外で会うなど、夏休み以前の俺なら数分もその場にいられないほど緊張して訳わかんなくなっていただろう。
だが今の俺は昔の俺とは違う。行動も発言もすべて自分じゃない何かに任せている。
任せているときの俺に間違いはなかった。何をやっても昔の俺よりはうまくいく。今日だって矢部を目の前にしても物怖じしていない。
矢部をぐいぐいひっぱっていって一日過ごせるはずだ。

「そうか、ついたんだ」矢部が俺の背後で残念そうにつぶやいた。振り返ってなにが?ときくと
「前から言ってたけどやっぱ信じてなかったんだ。私霊が見える体質だって」
「なに、俺に霊がついてんの?」「そうだよ、一人ついてる。○○のおじいちゃんだと思う。」
「じいちゃんがついてるってことはいいことじゃん。だって俺じいちゃんと仲良しだったし。見守ってくれてるんだろ?」
「そうだよ。○○のこと心配しすぎて過保護になってる。○○最近自分が自分じゃない感じ、したことない?」
「どういう意味?」「誰かに操られてるような感じ。おじいちゃんが○○の代わりに色々やってくれてるでしょ」

当たっていた。ここ最近の自分の中に違う何かがいる感覚の正体は、じいちゃんだったのか。
じいちゃんが俺を心配して、手助けしてくれていたのか。だから趣味や考えが変わり、岩屋に楯突いてぶん殴ることができたのか。全部じいちゃんのおかげだったのか。
「そっか、じいちゃんが助けてくれていたのか。ここ最近なんでもうまくいくんだよ。自信がついたっていうかさ。
 今日だってこれまでの俺とは違うところみせるよ。どこいきたい?」
俺は嬉しくなっていた。不思議な力の理由がわかり安心と更なる自信が芽生えたからだろう。

「ごめん、帰る」俺の気持ちとは裏腹に、矢部は突然去っていこうとした。俺は必死に引き止めた。
「あたしがあんたと関わってたのって、あんたに守護霊が一人もついてなかったからなんだよね。
この世にいる人間ってさ、みんな多かれ少なかれ自分についてる霊に影響受けてるんだよ。本当の自分の意志で生きてる人間って凄く少ないの。
みんな過去の人間に縛られてる。でもあんたは違った。霊がいなくて自分の力だけで生きていた。
だから興味がわいたんだ。
霊に縛られずに生きる人ってどんな生き方するんだろうって」

そう言うと、矢部は俺への興味をすべて無くした様子で、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
俺は呆然と立ち尽くすほかなかった。矢部が俺と仲良くしてくれていた理由が、まさか守護霊がいなかったからだったなんて。
よくよく考えればじいちゃんに憑かれる前の俺には何の魅力もない。矢部が一緒にいてくれていたことにちっとも
疑問を抱かなかったのがそもそも馬鹿だったんだ。日が落ちて暗くなった道をとぼとぼと帰りながら、俺は自分を励ました。
まぁいいさ、これからはじいちゃんの力で毎日を過ごせるんだ。
勉強もできて喧嘩もつよい。自信もって他人と接していけるから友達もできるだろう。
矢部はいなくても夏休み前とは比べ物にならないほど幸せになるはずだ。だからいいんだ。
そう言い聞かせた。

19: 名無し百物語 2014/09/02(火) 15:56:10.56 ID:NorKBac4.net
翌朝、起きるとすぐに服を着替え飯を食った。時計を見るとまだ朝の7時だ。夏休み中だしこんなに早く起きる必要はないし、やることもない。だけど起きてなにかにむけて動いている俺がいた。
俺は気づいた。じいちゃんに動かされていると。じいちゃんは俺に矢部の住所を調べさせた。
同級の女子に電話をかけまくって矢部と同じ中学だった女を見つけ、そいつから教えてもらう。
矢部の住所を携帯に記憶させ、すぐさま家から飛び出し電車に向かう。
俺は矢部をあきらめたが、じいちゃんは矢部をあきらめていなかったのだ。
しかしどうするつもりだ?もう矢部は俺に興味なんてないのに、家にいっても意味がないだろう。

そう心の中で考えると、じいちゃんからすぐさま答えが返ってきた。
相手がどう考えてようが関係ない。強引にものにしてしまえばいいだろう。
おいおい待ってくれ、そんな考え何十年も前なら当たり前だったかもしれないけど、今の時代じゃ単なる犯罪者だからな!?
さすがにまずいと思った俺は自分の体を制御して矢部の家に向かうのをやめようとする。しかし、体がいうことをきかない。俺の体や思考の主導権は、たとえじいちゃんが憑いていても俺にあるものだと思っていた。守護霊が憑くっていうのは、守護霊と自分が混ざって一人の人間になるということか。

俺とじいちゃんが混ざったら、気弱な俺の性格はほとんどじいちゃんの強気な性格に塗り替えられてしまうんじゃないか。
俺が俺でなくなってしまう?そのうち操られているという感覚すらなくなって、ためらいもせずに意図しない行動を
とりはじめるのだろうか。というか今すでにとってるし。どうすればいいんだ?
俺はじいちゃんに何度も呼びかけ、こんなことをするのはよそうと説得した。しかしじいちゃんは聞く耳をもたない。
汗だくで電車に飛び乗り座席に腰を下ろす。ふと前をみると、見覚えのある顔があった。岩屋だ。
岩屋は俺に気づいた途端飛び掛ってきた。しかし咄嗟に右足を出して岩屋の体を食い止めた。
前のめりに倒れこむ岩屋の頭を前回同様つかんだ俺は、あいている拳で岩屋の顔を殴打する。

まだ折れて治っていないであろうガーゼが当てられた鼻を執拗に殴る。そのうちガーゼは赤色に染まっていき、
岩屋は泣きながらやめてくれと懇願した。髪の毛から手を離すと、丸まってこれ以上殴られないように防御体制をとるのだが、じいちゃんは丸まった岩屋の背中に渾身の蹴りを何度もお見舞いする。
乗り合わせていた乗客たちは皆ドン引きで別の車両に移動していった。乗客の移動がきっかけで他の車両にいた人が騒ぎに気づいたのか、3人のヤンキーが隣の車両から岩屋の名前を呼びながら走ってくる。
どうやら岩屋が乗っていたことに今気づいたらしく、岩屋を痛めつけた俺をやっつけようという考えらしい。
俺は全力で走ってくる3人に向かって全力で走った。そして先頭にいたヤンキーに全速力の頭突きをかます。
頭突きをくらったヤンキーは岩屋同様顔を抑えながらその場に倒れて転げまわった。

俺の攻撃に驚いて立ち止まった残りの二人のうち、右側にいた坊主頭に狙いをさだめて突進する。
坊主は持っていたバッグを盾にして攻撃を避けようとするが、俺はバッグの下から坊主の股間めがけて全力で
蹴りを放った。見事にヒットし坊主は女みたいに股を閉じてしゃがみこむ。俺は坊主の上にあったつり革にぶら下がりながら、坊主の背中を何度も何度も両足で踏みつけた。踏みつけつつ、もう一人のラッパーみたいな
パーマ頭のヤンキーを見ながら「次、お前のばんな?」と挑発する。ラッパーはこちらに背を向けないようにしながら他の車両に移動していった。ひと段落ついたところで丁度目的の駅についた。俺は車両から飛び出して改札口に走った。
じいちゃんが容赦なくヤンキーたちをボコっている間、俺は必死にじいちゃんを止めようと叫んでいた。

しかしじいちゃんは聞く耳をもたない。もうすでに俺の一部となってしまったのだろうか。
俺はその後も必死で抵抗したが、自分の体を止めることはできなかった。数分後矢部の家に到着した俺は・・・
体が・・・まずい・・・久しぶりに自分の意志で動けていたから・・・書き込んでいたのに・・・もうすぐまた・・・じいちゃんにのっとられる・・・・これを見ている人がいたら・・・守護霊を追い払う方法を教えてくれ・・・頼む・・・
もういやだあああああああああああああああああああjfけおあふぃあ:jふぇじゃ;fじ:あえおf

それからしばらくして、俺と矢部は幸せな交際を始めて、同じ大学に仲良く入学し、楽しい家庭を気づいたんだ。おしまい。

20: 名無し百物語 2014/09/03(水) 00:33:25.11 ID:MzVFxesd.net
>>19
良かった。なんで感想のレスつかんか不思議。
オチも良い。また作品お願いします。