お稲荷さま騒動から三年ほど経った晩秋の話。 

宮大工の修行は厳しく、中々一人前まで続くヤツは居ない。 
また、最近は元より、今から十年以上前の当時でも志願してくる若者は少なかった。 
俺は、親方からそろそろ一本立ち出来る位の職人となったと言ってもらえたが、まだまだ親方の足元にも及ばない事は自覚していたので、出来るだけ長く親方の下で働き、勉強させてもらうと決めていた。 

ある日、俺より2年遅れて弟子入りしたが、才覚をメキメキと発揮し、一年ほど前に独立した弟弟子のJが顔を見せた。 


Jは仕事の腕はずば抜けた物を持っているし、本来悪いヤツではないのだが、実家の神社が大層なモノ持ちで恵まれている上に、ちょっとそれを鼻に掛ける小生意気な所があり、他の弟子たちからは疎まれていた。
しかしなぜか俺にだけは良く懐き、「兄(あに)さん、兄さん」と慕ってくれる可愛いやつだった。 

「兄さん、ご無沙汰してました」
「おう、Jか!元気に仕事してるか?」 
「ええ、お陰さまで。兄さんも相変わらず良い仕事してるそうで、噂は良く聞きますよ。」 
「よせやい。弟弟子のおめぇの方が先に一本立ちしといて歯ぁ浮くような世辞を言うない。」 
「あれ?なんでお世辞って解ったんですか?」
「このヤロウ!そういう事言いやがるのはその口かぁ!」 
久しぶりの掛け合いだ。俺もJも大笑いしながら再会を喜んだ。 

「で、どうしたい?親方に用でも出来たか?」
「ええ、ちょっと...兄さんと親方にご相談が...」 
「俺もか?だが親方はちょっと法事で出掛けてるから、夕方くらいに出直すか、それか上がって待ってろい。おカミさんにも挨拶してけや。」 
「あ、じゃあおカミさんに挨拶してから、また出直しますわ。」 
そう言ってヤツはおカミさんに土産を渡して挨拶し、一度帰っていった。 

夕方過ぎに親方が帰って来るのを見計らったように一升瓶を提げてJもやってきた。 
「親方、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。」 
「おう、おめぇも良い面構えになったな。一本立ちしてから苦労も多かったろう?」 
「はい、僕がどれほどお坊ちゃんだったか思い知らされましたよ。 
あと、親方と兄さんの様な本当の意味での良い仕事が出来てなかった事も。 
宮大工って仕事は、ただキッチリ美しく建てりゃ良いってモンじゃないんですね。 
お客様だけじゃなく、神様仏様も満足してもらうような心掛けで仕事をしてなきゃダメなんですよね」 
滔々と話すJに親方の顔も緩みっ放しだ。娘にしか恵まれなかった親方にとって、 
弟子たちは息子も同然だ。その息子が立派になって顔を出せば感慨無量だろう。 

「で、親方と俺に相談ってのはなんなんだい?」
俺は気になっていた事を口に出した。 
「はあ...それなんですが...」
Jにしては妙にまだるっこしい。また、その尋常ではない雰囲気を俺も親方も感じ取った。 
 
「言ってみねえ。黙ってちゃ解らねえだろが」
親方が急かす。 
「はい。実は...実は、Z神社の奥宮の修繕を引き受けてしまいまして...」 

「「なにっ!」」

俺と親方の声がハモッた。
「おめぇ...そいつぁ...」
俺は滲み出る脂汗を感じながら呻いた。 
「あの、Z神社かぃ?間違げぇねえんだな...?」
親方でさえ、声が上ずっている。 
「一体どういうワケなんでぇ...」
親方が手拭で汗を拭う。もう寒い時期だというのに、俺も上着を脱いだ。 

Z神社。
蛇神様を奉っている小さな神社で、現在では神主は居らず自治体の管理化に置かれている。 
そして、この界隈の寺社やその関係者の間でまことしやかに噂されている強力な祟り神だ。 
麓の村に先宮が有り、先宮から細い獣道を入り込んでいくと裏山の頂上付近に奥宮が存在する。 
この神社には悲しい伝説が有る。 
 
かつて平家の落ち武者がとある姫君を守りつつここまで辿り着き、Z神社に身を寄せた。 
だが、当時の村人は源氏の追及を恐れて奥宮に匿った平家の武者を眠っている間に惨殺し、 
また姫君を庇おうとした神主さえも殺してしまい、姫君を嬲り者にした挙句源氏に突き出そうとした。
しかし姫君は村人の目をぬい、自分を庇って殺された神主の骸を抱き抱え井戸に身を投げてしまったという。 
そして、自らの代理である神主と動物好きな優しい姫を殺された事を怒った蛇神様が荒ぶる祟り神となってしまったそうだ。 
その後、徳の高い神主さんが蛇神様の怒りを宥めて静まらせ、昭和中期まではその神主さんの家系が 
神社を守っていたそうだが、その家系は何故か絶え、その後いつの間にか祟り神に戻ってしまったという。 

それから何人かの神主さんが着任したが、恐ろしい目に遭ってほうほうの態で逃げだすか、精神に異常を来たしてしまったものもいるらしい。
また、修繕工事を行なう際にも必ず何か災厄が降り掛かり、
人死にが出てもいる。
ただ現場で死ぬことは無く、仕事中に何かに噛まれてそれが直らず一月後に死んだとか、
ある朝首を縄のような物で絞められて窒息死しているのが見つかったとか、工事中に失踪してしまい、北海道で変死体となって見つかったなど、直接関係を見付け難い死に方なのでなんともしようが無い。 
 
一時、取り壊そうという話が持ち上がったらしいが、その計画をしている時に関係者の変死・失踪が相次ぎ、結局お流れと成ってしまった経緯が有る。
偶然の一致としてしまえばそれまでだが、
仕事柄こういう事には敏感なのでここしばらくは誰も手を付けずに荒れ放題となってしまっている。 

「大丈夫か、J。」
真っ青な顔をしてゼーゼー言っているJに声を掛ける。 
「兄さんこそ、鼻血出てますよ...」
口の中も鉄の味だ。
とりあえず二人して顔を洗い、おカミさんに事情を説明する。 
そしておカミさんの入れてくれた茶を啜りながら話を再開した。 

「断る訳にはいかないのか。」
「...僕の親父も、それならワシがお祓いしよう、とかいって、
一緒になって受けちまって、もしこの期に及んで断ったりしたら...地元での一族の立場が...」 
正直に答えるJ。ここで嘘や見栄を出さないのがコイツの良い所だ。 
「しかし、なあ...」
「兄さんはオオカミ様の所、最近参って無いんですか?」
「いや、あれ以来三ヶ月に一遍は酒持って行ってるが...」 
「それなら、守ってもらえませんかね?お稲荷様を簡単にノシてしまう方なんだから、蛇神様くらい...」
「しかしそれはあまりにも身勝手じゃないか?相手は神様だぞ。大体、あの時の事だって今じゃ自分でも信じられないんだから...」 
それに、だ。確かに蛇神様はオオカミ様やお稲荷様よりも力は弱いと言われている。
異論は多々有るが。 
しかし、伝説によれば源平の時代から荒ぶる祟り神として恐れられてきたZ神社の蛇神様は果たしてどうなんだ? 
また、蛇神様は最も執念深く、恐ろしい神様であるとも言われている。 

「・・・着工は何時からの予定なんだ?」
「もう今年は難しいので、来年からということで...」 
「時間は有るな。とりあえず、なんとか手を考えてみよう。お前も出来る限り回避の方向で動いて見てくれ。」 
「はい...それじゃあとりあえず帰ります。親方にくれぐれもよろしく伝えてください。」
「ああ、解った。」 
 
その夜、回復した親方に一発ぶん殴られてから、Jの持ってきた酒を二人で酌み交わしつつ相談した。 
「あのバカが...ちっとは殊勝な事言うようになったと思った俺がバカだったぜ。ふんとに...」 
「まあ、出来の悪いヤツほど可愛いって言うじゃないですか。」 
「はっ!モノには限度があらあな!あれほどバカだとは...」 
「親方。そういえばオオカミ様のお堂の保守を頼まれてましたね。」 
「ああ、おめぇの仕事が良いんで別に傷んじゃいねぇが、もう七年近く経つからなあ。」 
「それ、当然俺の仕事ですよね?」
「当たり前ぇだあ。神主さんは元より、オオカミ様もきっとおめぇをご指名だろうが」 
「明日から行っても良いですかね?」
「おお、そりゃ構わねぇが...おめぇ、なんか企んでやがるな?」 
「2~3日、お堂に泊り込んでみようかと...」 
「おいおい、そんでもし出てきて下さったら蛇神様退治を頼もうってんじゃねえだろうな?」 
「いやあ、万が一姿を見せて下さったら、Z神社の祟り神がどんなもんだか聞いて見ようかと...」 
ふうう、と親方はため息をついた。
「まあ、好きにするさ。ただ、充分用心しろよ。相手は神様なんだからな。」 
「はい、肝に銘じておきます。」
翌朝、俺は道具と材料と寝袋を持ち、食料を買い込んでオオカミ様のお堂へ向かった。 

正直、自分でもほとんどヤケクソだった。 
大体、この時代に神様だの祟りだの、普通の人なら笑い飛ばすか呆れるだけだ。 
だが、俺たちのような仕事をしていれば確かに人外の力を感じることが多々有る。 
祭りなどでは必ずといって良いほど、亡くなる人が出る。しかしそれで慌てる関係者は少ない。 
皆、予定調和のように感じている。

「死人は、贄に選ばれちまっただけだ」と。 

途中、街中でデパートに寄り、アクセサリー店を覗く。 
昔、巫女さんに納めた銀細工の髪飾りを買った店だ。 
作業衣姿のむさ苦しい男が昼間っからこんな所に来るのは珍しいのだろう、 
俺を覚えていた店員さんが声を掛けてきた。 
「ご無沙汰してます。本日は何をお探しですか?」 
「ああ、どうも。髪飾りの良いのが無いかと思って。」 
「前回も銀の髪飾りでしたね。奥様か恋人様はよほど綺麗な御髪をしてらっしゃるのですね。」 
まさか神様(に仕える巫女さん?)にプレゼントするとは言えない。 
「はは。まあ。」
「こちらなどは如何ですか?」24金の高そうな髪飾りを見せてくれる。 
だが、神様やその眷属は金よりも、白金よりも銀を喜ぶと言われる。 
それになにより、あの美しい黒髪に金細工はミスマッチだろう、と俺は思い 
「いや、今回も銀細工が良いんです。それも出来れば古風なヤツが。」 
「はあ...う~ん、最近はあまり古いデザインが好まれないのであまり置いてないのですが... 
そうだ!ウチの本店に骨董部門が有ります。其処ならば、古いデザイン、ではなく本当に古い物がありますよ。ただ...」 
「ただ、何です?」
「いえ、骨董品だけにどんな謂れが有るか解らないモノも多いので...」 
「う~ん、まあそういうことを気にする事は無いと思いますが...とりあえず見に行ってみますね。」 
「はい、それではお客様のことを連絡しておきます。場所は...」 

場所は丁度オオカミ様のお堂を管理している神社からオオカミ様のお堂に行く道筋の途中だった。 
どうせ神主さんにも聞きたいことが有ったので丁度良い、と思って車を走らせた。 
まずは神主さんに挨拶し、今回の一件を説明する。 
「えっ!Z神社!...う~ん...」
予想通り神主さんも絶句。心無しか怯えてもいる。 

ここの神主さんは俺より10歳上でまだかなり若いが、とても熱心な方で既にこの周辺の神主さんの頭と成りつつある。 
ちなみに、例の稲荷神社の神主さんはダメ親父で通っているが奥さんと娘さんがやり手で、最近、娘さんが婿さんを貰い跡取りとなり、大分持ち直しつつ有るようだ。 
 
「・・・ご存知かもしれませんが、オオカミ様の社は便宜上ウチが管理しているだけで私がアソコの神主というワケでは有りません。」 
そう、この神社はこの地方では非常に珍しい犬神様を奉っている。
オオカミ様ではなく、イヌガミ様だ。 
オオカミ様の社はもう遥か前から正式な神主さんは存在していない。 
「ですから、あのオオカミ様が何時の時代から奉られており、どう言う謂れが有るのか、ハッキリしたことは解らないのです。 
それに、私もまだココの神主となってようやく八年、まだまだ自分のお社についても勉強するコトだらけで、オオカミ様のことをちゃんと調べておりません。しかし事情が事情ですから、バイトの巫女さんにも資料を探してもらって急いで調べましょう。 
本日の夜までには何らかの答えを出せるようにしておくので、今晩はウチにお泊まりください。」 
と言ってくれたので、今日はオオカミ様の社には荷物を置きに行くだけとした。 
最近はちょくちょく来ているのでそう懐かしい感じはしないが、やはり俺にとっては特別なお社である。 
長い階段を上り、鳥居の足とお堂が見えてきた所で俺の脚は止まった。 

お堂の前に巨大な白犬がこちらを向いて座っている。しかし、その姿は見慣れた犬のそれではない。 
あれは...まさしく...オオカミ...?
「お、オオカ...ミ...様...?」体が全く動かない。俺をみつめる精悍な顔、涼しげな目元。 

「あっ!」

俺はそれを見つけ、思わず声を上げた。
ピンと立った左の耳元に銀色の髪飾りが光っていた。 
オオカミはつ、と立ち上がると「わおーーーーーーん」と澄んだ声で一声吼え、お堂の裏手へと走り去った。 
俺はヘナヘナとその場に崩れ、しばらくは立ち上がることが出来なかった。 
 
どれほどへたり込んでいただろうか、俺はようやく立ち上がると、持ってきた酒を納め、お祈りを捧げた。 
時間を見るともう夕方の四時。神主さんの所を出たのが昼前だったのに、いつの間にか日が傾き始めていた。 
ふら付きながら車に戻り、俺は神主さんの所へと向かった。 

神主さんは、既にできる限りの情報を集めてくれていた。 
それによれば、オオカミ様の社は伊勢神宮を元とする神明神社の流れを汲んでいるらしいという事。 
つまり、天照大神の関係眷属である可能性が高い。そして、起源は古く、恐らくこの辺り最古の物であると。 
神主さんは、
「もしこれが事実ならば、Z神社の蛇神様よりも全てにおいて格上で有ると考えられます。 
また、これほどの高位な神様では、あのお稲荷様はとんでもない方とコトを構えることになってしまい、びっくりどっきりオマケに真っ青だったと思いますよ。」
俺は思わずプッと噴出し、Jの夢の事を話した。 
神主さんは大笑いし、
「あのお稲荷様も決して低位なワケでは有りません。その彼女を踏み付け、
その上に立ちニコニコしていられるとなればこれはもう相当高い位の神様でしょう。」と続けた。 
また、俺は先ほど社で逢った白狼のことを話した。 
「う~ん、ただのでかい山犬かなんかという可能性も有りますが、現世に姿を現したとすると何かを伝えたいのでしょう。○○さん、やはり明日からはお堂に泊り込んでみると良いかもしれませんね。」 
俺は頷き、決意を固めた。そして、用意してもらった部屋で眠りに付いた。 

俺は夢を見ていた。自分でもはっきり夢と自覚している、珍しい夢もあるものだなあと思いつつ回りを見回すと、 
10歳そこそこと思われる可愛らしい女の子が二人、子犬のように転げまわって遊んでいる。 
その内一人が俺に気付き、もう一人と何事か相談すると二人揃ってこちらへトコトコと掛けてきた。 
 
「おじちゃん、だあれ?」
良く見ると二人とも同じ顔。双子だろうかと思いながら俺は答えた。 
「おじちゃんじゃないぞ、お兄ちゃんだぞ~」
「おじちゃん、○○さん?」 
「だからおじちゃんじゃないって...なんでおじちゃんの名前知ってるんだい?」 
「○○様だよね?」
「...うん、そうだよ。」
「わー!やっぱり!」「お姉ちゃんの言ってた通りだね!」「うん!」 
「だーかーらー、なんでおじちゃんの名前知って・・・」
「あのね、ナミお姉ちゃんが言ってたの。今日○○様が来るって。」 
「そうしたら、ナミは耳飾を所望しますって伝えてねって言ってたよ!」
「ナミお姉ちゃんって、誰だい?」 
「とっても綺麗なのー!」「優しいのー!」「でね、○○様の事を...」「それは言っちゃダメー!」「あ、そうだっけ!」 
「ちょっとキミたち...」
「それじゃねーおじさん!」
「さよならー!」
「おーい!ちょっと待って...」 
「くれえ!」

・・・俺は布団の上に立ち上がり叫んでいた。
時計は午前6時を指している。 
「なんなんだ今の夢は...」妙に寝覚めが良いのを不思議に思いつつ、俺は寝床を後にした。 
朝食を頂きながら、神主さんに夢の話をした。
神主さんは味噌汁の椀を持ったまま身じろぎもせずに聞き、そして話し出した。 

「ウチの神社は犬神様をお奉りしているのは昨日お話しましたが、本来の姿は二頭の異形神なのです。 
あなたの夢に出てきた双子の女の子は、恐らくこの神社の神様でしょう。 
そして、彼女らが話したナミお姉ちゃんとはおそらくお宮のオオカミ様、そして、イザナミ神ではないかと。」 

「え、じゃあ黄泉比良坂の...?」
「まあ、この辺りの古事記由来の神様は未だはっきりと解ってはいませんが、
イザナミ神は万物を生み出す創造神であり、また闘いの神でもあります。
黄泉比良坂の話は
彼女の一部がクローズアップされただけですからね。しかし、イザナミ神だとすると伊勢神宮ではなく、出雲大社由来となるのだろうか...?」
「ふむう、なるほど...」 
・・・ぷっ!俺と神主さんは同時に噴出した。

「あはははははは!」「わはははははっは!」 

「いやー。神主さんも好きですねぇ。」
「大学では結構オカルト博士で有名だったんですよ~」 
「なかなか凝った背景で説得力有りますよー!」
「あははははは!」 

ひとしきり笑った後、神主さんは突然まじめな顔に戻り 
「でも、この神社の奉神の話は本当です。ですから、信じなくても結構ですが、昨夜の夢に沿って行動するとよいと思います。」 
「はい、解ってます。それでは、オオカミ様のお宮の保守を行ないます。」
「よろしくお願いします。」 

俺は途中でアクセサリー屋の本店により、骨董の展示場を見せてもらった。 
そこにはいわく有りげな装飾品や刀剣、鎧兜が並んでいた。 
しばらく眺めるうちに、ふと夢の事を思い出した。
・・・耳飾、か。イヤリングなんてダメだろうなあ...等と考えていると、
装飾品の中で鈍く光った物が目に付いた。
そちらを見ると、鈍い銀色の勾玉が二つ。 
手に取ると意外に軽く、純銀では有るがどう造った物か中は空洞で有るようだ。しかし、繋ぎ合わせた跡も無い。 
爪の部分に穴も開いており、其処にワンタッチの銀リングを通すと洒落た耳飾となった。 
結構な高値だったが縁起物を値切りたくは無かったので言い値のまま買い求め、俺はオオカミ様の社に向かった。 

お宮は神主さんによって良く清掃されており、保守と言っても各板の嵌め合わせがおかしくなってないか、
どこか浮いてきている所がないかなど、殆どすることも無く基本的な点検だけで終わった。 
最後に綺麗に清掃し、お堂の中に銀マットと寝袋を敷き、簡単に食事を済ませた。そして午後九時を回ったので、 
「さて、鬼が出るか蛇が出るか...」と不謹慎な言葉を呟き、俺は耳飾の入った化粧箱を握り締めながら、寝袋に包まり投光機の電源を落とした。 

・・・しかし結局何も出ず朝を向かえてしまった。 
化粧箱も握り締めたまま。あれええ?と思いつつもまあ一晩目だからなあ、と思い起き上がる。 
なんか頬っぺたが痛いのは床に何度か打ちつけたせいだろうか? 
寝袋をたたみ、とりあえず外に出て大きく伸びをしていると神主さんが階段を上ってきた。 
「おはようございます、早いですね」
「おはようございます、いやあやはり気になってしまって...うわっ!なんですかその頬っぺたは!」 
「え?」
「こりゃすごい...呪文の準備までしてたとは思いませんでした...」
「はぁ?一体何を言ってるんですか?」 
「そりゃこっちのセリフです。頬っぺたに古代文字を書き込むなんて凝ってますねぇ。どうやって書いたんですか?っていうか、そりゃもしかして血じゃないんですか!?」 
俺は急いで鏡を取り出して自分の顔を映し、絶句してしまった。左右の頬っぺたに古代文字のような物が書かれている。 
しかも、おそらく鋭利な物で書かれたらしく、俺の血そのもので書かれているのだ。 
だが、普通なら眠っているうちに血文字など崩れそうなモノだが、はっきり文字と解る形で残っている。 
とりあえず顔を洗ってみると、血は取れたが薄っすらと古代文字のカタチにキズが残っていた。 
「!」
俺はふと思い立ち、勾玉の耳飾が入っている化粧箱を見た。
開けた形跡は無い。
そっと振ってみる。
何か入っているが、
明らかに勾玉とは違う物の様だ。俺は化粧箱の包装を解いて、開けてみた。 
そこには勾玉の耳飾は無く、代わりに長さ五寸は有る白い牙が入っていた。 

二人してしばらく絶句していたが、ふっと神主さんが微笑んだ。 
「おそらく、もうこれで問題無く蛇神様の奥宮の修繕は出来るでしょう。あなたがこの牙を持って工事に当たれば。」 
「・・・そうでしょうか?」
「ええ、間違いないと思います。それにしても、あなたは余程オオカミ様に気に入られたようですね。
もしかすると、イザナギの尊の生まれ変わりじゃないんですか?」
「そんなバカな。もしそうならオオカミ様も気を使う必要は無いでしょう。」 
「そりゃそうですね。」
「なんにしろ、度胸一発、年明けから工事を始めて見ますよ。」
「お気をつけて」
そして俺は道具を片付け、オオカミ様のお宮を後にした。鳥居を潜り、ふと振り向くと白いオオカミがお堂の前に座っている。 
その両耳に勾玉の鈍い光を見つけ、俺はふ、と笑うと小さく「ナミさま、ありがとう。あと、工事の安全よろしく!」と呟いた。 
俺のちょっと前を歩く神主さんが「なにか仰いましたか?」と聞いてくると同時に
「わおおおおおーーーーーーん!」と澄んだ遠吠えが聞こえ、
驚いた神主さんは階段を踏み外し数段落っこちてしまった。 

翌年明けから。 
犬神様の神主さん、Jの実家の親父さん、例の稲荷神社の神主さんという異例の三社合同によりZ神社の修繕工事着工祈祷が行なわれ、ウチの職人総出で道具と材料を奥宮へと運び込み、工事が開始された。
親方と俺とJはレギュラーで仕事をし、
何人かの弟子が入れ代わりでやってくるのだが、その内S村の地元職人さんが無償で手伝いに来るようになった。 
また、近所の住人も差し入れを持ってきてくれたり、荷運びを手伝ってくれたりした。 
「俺たちの村のお社を直すのを、アンタたちだけに苦労させるわけにはいかねえ」「昔の償いはしなきゃなぁ」 
等と言う職人さん達にJが「今更何言ってんだか...」といやみを言いかけた所で親方に数メートルぶっ飛ばされるなどハプニングも有ったが、結局怪我人は親方にぶっ飛ばされたJだけという状況で工事は無事終了。
奉納と慰霊の儀も無事に終わり、打ち上げを迎えた。 

S村の村長の計らいで、関係者が皆近所の温泉宿に招待され、大宴会となった。 
その席で、何人もの職人さんや近所の人がが
「でっけえ白犬を何度も見掛けた。」
「おお、耳飾なんぞした洒落た犬だったな」 
「大きな尻尾の狐もいたよな。」
「子犬が二匹、コロコロウロウロしてて可愛かったなあ」
等と盛り上がっているのを聞きつつ、
俺と親方と犬神様の神主さんは酒を酌み交わしていた。
ふと見ると、末席にしょぼんと座っているJがいる。 

こっちに呼び、酒を飲ませながら「親方に怒られたからって何時までもくよくよすんなよ。」と慰めると、 
「ええ...それも有りますが、実は昨夜夢を見たんです...。」
「お、またか。どんな夢だ?」 
「昔話した夢で、巫女さんに踏んづけられてた切れ長の眼のおねえさんが僕に馬乗りになってビビビビと往復ビンタするんです...」 
俺と親方と神主さんはブハッと酒を噴出した。
「周りには小さな女の子が二人いて、僕に バーカ、とか恥かし~とか罵声を浴びせて...」 
親方は相当ツボに入ったらしく、すげぇ勢いで咽ながら涙を流して笑っている。 
「極めつけは、あの時の巫女さんがニコニコしながら僕の首をきゅうっと絞め、 

こ ん ど ○ ○ 様 を 困 ら せ た ら と て も 良 い 所 に お 連 れ し て 差 し 上 げ ま す わ 

って優しく言うんです...それで、朝起きたら...夜尿、してました.....」 
「そ...そこっ!多分っ!黄泉っ!比良坂っっ!!」神主さんが痙攣しながら叫ぶ。 
大笑いしている親方と神主さんを見つつ、俺はペンダントにした白い牙を撫ぜながら 
「ナミ様、なんで俺の夢にはちゃんと出てこないんだよ...」と不満を漏らし、徳利に直接口を付け一気に酒を飲み干した。